リオのスラム寸景〜その1「幸せを分かちあおう」

 輝く太陽と青い空、ビルの街並みにつづく白浜のビーチ。岩山に立つキリスト像が両手を広げ、人々を受け入れるリオの街。亜熱帯の緑がさざめき、白く光るビル群のかたわらには、レンガ色の家々がぎゅっと積まれたように並ぶ。その対照的な景観は街の風物詩でもあるかのよう。リオに何百とあるというスラム。その人口はリオ全体の4分の1を占めるともいわれている。

 2013年〜2015年、主宰するプロジェクトでリオのスラム10数カ所を訪れた。
 少年が銃を手に撃ち合う、暴力的な社会を生き抜く少年たちを描いた映画「シティ・オブ・ゴッド」。そのモデルとなったのはリオ西部のシダージ・ジ・デウス。映画の舞台設定はちょっと昔だが、治安の悪いイメージは変わらず。ところが、地区の広場に行くと、揃いのユニフォームを着た少年たちが輪になって手をつないでいる。居合わせた男性が感慨深げに言う。「本当に信じられないよ。ここは昔とはずいぶん変わったんだ」。そして、青々とした芝のグラウンドへとみんなを率いて、サッカー教室を始めた。

 黄色に水色にピンク。家々の壁に塗られた色彩が楽しいサンタマルタ地区の一角。ペンキ会社や海外アーティストなどの応援で、住民たちが家の壁を好きな色で塗り替えたのだという。色は人の心にも影響する。坂にはケーブルカーが走り、上の方ではビーチとキリスト像を望める。広場の一角には意外な彫像と壁画も。いまは亡きマイケル・ジャクソンの姿。90年代にこの地を訪れたといい、その記念碑だった。さらに、ここで生まれ育ったガイドが壁の穴を指差す。「ほら、これが銃弾の跡」。麻薬組織ギャングの抗争の名残だが、この地区では観光ツアーが組まれ、住民のオフィシャルガイドも育つ。麻薬売買に関わらない暮らしに期待がかかる。迷路のような路地を下ると、柔術のクラスで子どもたちが汗を流していた。

 観光スポットや宿がある一方で、旧市街の別のスラムに行くと、目の前の通りで、前日に人が殺されたと聞いた。訪れたスラムは、それぞれ千差万別。入り組んだ路地を歩くと、臭いがきついところや、下水や水の問題のあるところもあった。

 なだらかな丘に広大なスラムが連なる複合地区アレマン。レンガの箱のような家が大地を埋めつくす。その上をピカピカのゴンドラが行き交っていた。2011年に開通したこのリフトは、3.5kmに渡るスラムの丘を6つの駅で結ぶ。開設には賛否両論あったようだが、住民の足にもなり、一部の観光客にも利用されていた。全駅を見渡す丘の上には、軍警察の治安維持部隊UPPのビルが君臨し、その建物の中では児童図書室やパソコン教室も。周辺には武装した軍警察の隊員がそこここを見張る。

 ゴンドラに乗ってみると、眼下は密集したレンガ色。そこに映える鮮やかな洗濯物や、広場でボールを蹴る青年たち。かいま見える生活と、その集合体の広がりは圧巻だ。さらに、スラムにこのようなリフトを作るブラジルの変化にも驚かされる。乗り合わせた地元の人は「けさ、銃の撃ちあいが聞こえたよ」と教えてくれたが、一つの駅のタイルには、「みんなが幸せになるところ」という言葉が刻まれていた。そして、ゴンドラの車体には、企業広告の「幸せを分かち合おう」という文字が揺れていた。

 それから2年後の2015年、プラゼーレス地区を訪れると、スラムの路地は彩にあふれていた。赤や黄、水色にピンク。緑の流線に踊りでる花や鳥。妖しげな顔やファンタジー。グラフィティ・ストリートが生まれたのだった。「こんなアートプロジェクトが実現するとは思ってもみなかった」コミュニティ・スタッフの青年が言った。「まったく奇跡だよ」自分たちが暮らす家の壁にグラフィティを描いてもらう。そのアイデアに協力の輪が広がり、短期間に国内外からアーティストがここを訪れて描いてくれたそう。「これから、コミュニティをもっと良くしていきたい」青年は晴れやかに話した。

 けれども、その数ヶ月後、コミュニティ・スタッフの母体となる事業が大幅に削減されたと知る。経済の落ち込みや事業転換などから、スタッフも一挙に解雇されたという。あの青年はどうなっただろう。そして、再会したいくつかのスラムの子どもたちの言葉がよみがえる。「よくないことをしてるんだ」。姿が見えない中学生らの近況だった。たまたまわかっただけでも数人の少年がギャングの手先になっていた。ドラッグの運び屋など使い走りの役まわりも多く、命を落とすことも少なくない。

 リオ・オリンピックが終わると、アレマン地区のあのゴンドラ・リフトも運行停止になった。不祥事に不具合とやらと報じられていた…

     * * *

 ところが2023年、ゴンドラが運行再開見込みだという。「みんなが幸せになるところ」という駅のタイル文字が目に浮かぶ。混乱につぐ混乱がめまぐるしいブラジル。それでも、ときに、それがスパイラル的変化を生むことに驚かされる。そしてスラムの情景とともに思い出す。リオの人口の4分の1をしめるとも言われているスラム。小さな箱のような家々がぎっしり連なるところには、それだけのパワーにエネルギーがあるということを。

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