時はまだフィルムの時代、オーストラリア北部のアウトバックで、キャンプをしていたときのことだった。「◯▲%♪#!!!」夜明け前に、突然、甲高い叫び声が響いた。なんだろう。外でたき火を囲んでいる誰かしらが奇声をあげて騒いでいる。テントの寝袋で目が覚めたものの、体は明け方の底冷えに縮こまっている。ほかの誰も動き出す気配がないのをいいことにやり過ごした。それから数日、すでに日も明るくなった朝、ふたたび大声が響いた。「モーニング・グローリー! 」すぐにテントをはい出してみる。すると、澄み渡った碧空の地平の彼方に白い雲が見えた。それも横に長くつづく巨大なもの。それがこっちに近づいて来る。ただならぬもの…
カメラを手にブッシュを駆けめぐる。全貌が見える場所はないか、潅木の途切れた平地を探して走りまわる。けれど、雲がぐんぐん近づいてくる。雲というより、まるで白い竜巻きが横になったかのよう。端から端までが見渡せない広がり。それがすごい勢いで迫ってくる。広角レンズをつけたカメラでシャッターを切るが、とらえきれない。それはあっという間にやって来ると、もう頭上。あたりが一転、かき曇る。一瞬にして嵐。風と雨に身を包まれ、強く勢いのある気流に巻かれるやいなや、天空からいきなり水しぶきを浴びる。その瞬間、何かが胸をついて心をふるわせた。ああ、大いなる自然! 同時に涙があふれる。そしてまたたく間に雲は彼方に去り、ふたたび雲一つない青空が広がった。この巨大な巻き雲は、雨の恵みをもたらす兆しとして、地域の先住民の人たちに昔から知られていたのだった。
モーニング・グローリーは珍しい気象現象の一つ。オーストラリア北部カーペンタリー湾付近で季節的に観察される巨大なロール状の雲の帯だ。北米など世界のほかの地域でも発生するという。高度はおよそ1、2km、長さは最大1000km。時速は最大60kmという速いスピードで天地を吹き抜ける。いまではこのロール雲に乗る“グライダー乗り”もいるという。雲を生む気流でサーフィンをするのだ。何も知らなかったわたしにとっては、まさに未知との遭遇。雨を呼ぶしるしと語られるように、まさに竜神さながらだった。