「どこへ行くの?」小さな女の子が、どこからともなく現れて、声をかけてきた。ペルーアマゾンの村はずれ、野道に迷っていたときのことだった。村の治療師の家に居候させてもらいながらの撮影取材中、治療師が行くところについて回っていた。だけれど、治療師はときどき、どこかに姿をくらました。薬草採りだったり狩だったり…。あるとき、ふっといなくなり、家人に聞くと森へ出かけたという。それで後を追いかけたものの、方向を見失ってしまったのだった。
そこに現れたのが、まだ幼い女の子ひとり。治療師がいる森に案内してあげる、と言う。木の棒をおもちゃの杖のようにして、野道をてくてく。森が切り開かれた畑のあたりの、大きな切り株を見つけると、女の子はさっと上ってみせた。みると、小さな足は素足。トゲがあぶないよ、わたしがびっくりするのをよそに、女の子はトゲトゲだらけの切り株の上で、軽やかにはしゃいでいる。あの足はどうなっているのだろう… ふしぎに思ううちに森へと無事に着いた。
あちらこちら、撮影に出かけた先ざきで、いろいろと親切にされた。その嬉しさ、ありがたさに、心あたたまる思いがした。けれども、幼い女の子に道案内されたなんて、そうないことだった。もっと思いがけなかったのは、子ゾウさん。インドネシアのスマトラ島で森に入っていたときのこと。絶滅の危機にあるスマトラゾウ、その野生ゾウの保護のための、ゾウのパトロール隊の後を追っていた。
鬱蒼とした樹木に包まれた、かなりの起伏ある斜面。スマトラゾウは、その急な坂を上り下りするのだった。後ろ脚を折り曲げて、大きな体を器用に支える。雨にぬかるんだ泥だらけの坂をわたしもつづく。目の前の先を行くのは子ゾウ。その後ろでわたしは滑ってばかり。すてんと転んで泥だらけ。すると子ゾウが、また転んだ? と振り返る。そして、鼻先を揺らしながら、少し草が残る山道の脇を通ってみせた。まるで、こっちだよ、と言わんばかりに。促されるように、そこに足を踏みしめ行くと、わたしも無事に上りつけた。
アフリカのモザンビークでの親切も忘れられない。中部の都市から首都へ向かうときのことだった。なぜか突然、その当日になって飛行機が欠航となる。スケジュールの都合、急いで近隣の別の都市へ陸路で行って、そこから首都へ飛ぶことに。移動手段については、事情に通じる地元の人の言葉に従うしかなく、やむを得ず乗ることになったのは、地元の乗り合いバス。それまで同行してくれた地元NGOスタッフが乗り場へ送ってくれると、乗車の列のわたしの前に並んでいた、見知らぬ若者に声をかけた。
「やあ、兄弟、頼みがあるんだ。よそからの友だちだから、向こうに着くまで気をつけてやってくれないか」若者はわかったとうなずいた。バスに乗り込むと、なんとありえないほど、ぎゅうぎゅう詰め。人だけじゃなく、生きた鶏から野菜や家財道具まで! なんとか若者の隣に座るものの、いくつかのわたしの荷物が顔を塞いで身動きもできない。すると若者は泥で汚れたわたしの大きなカバンを自分の膝に乗せた。おかげで若者の顔はカバンに押しつぶされそうになったまま、何時間も揺られつづけることになった。若者にとっては、行きがかりの、なんの見返りもない、ただの親切…