ギアナ高地ロライマ山へ

 強風に吹きすさぶ雨。目も開けられず、顔は打たれ、身をさらされる。流れては天地をおおう濃い霧。その切れ間に奇怪な岩々が浮かぶ。すると、それが怪獣や悪魔の顔になった…

 南米北部のギアナ高地。その中でも、ブラジル、ベネズエラ、ガイアナにまたがるロライマ山に登った。初めてブラジルを旅した1988年、ギアナ高地のことなど知らず、ましてやロライマ登山などという“冒険”はまったく考えてもいなかった。それが、たまたま当時サンパウロで見た写真展で、奇岩に満ちたロライマの景観に心動かされてしまった。まるで別の惑星。コナン・ドイルが小説『ロスト・ワールド』のインスピレーションを得たというのもうなずけるような光景。会場にいた写真家がフレンドリーで、自らが踏破したブラジルからの難関ルートとは別に、可能な行き方などを教えてくれた。すると途端にロスト・ワールドが手に届く世界に。ただ、その時は雨季ただ中だから登るのは無理だと知らされた。水かさが増して川を渡れないだろう、と。それでも出かけることにした。準備万端にはほど遠かったのに、何とかなる、という当地風のおおらかさに染まっていたし、ちょっとしたいきさつも後押しした。「本当に祈り願うのなら、望みはかなうもの」。サンパウロで出会った祈祷師にそう言われ、なんとなく試してみたくなっていたのだった。

 一般の人でもいけるというルートを辿るため、ブラジルから国境を越えてベネズエラに入り、そこからガイド兼ポーターに先導されながら登る。途中、キャンプをすること二泊、水かさが増した急流クケナン川では腰までつかるが、なんとか渡り切り、頂上へ。そこはまさしく異界だった。岩にへばりつくパイナップルのようなトゲトゲした葉の植物に食虫植物、水晶の谷あり…

 平らな岩地が続いたかと思えば、足元の先に大地の裂け目あり、ふたたび腰までつかる川あり。激しい雨に打ち付けられながら、沸き上がる霧煙に、大トカゲに恐竜か、おばけキノコのような奇怪な自然の造形が浮き上がる。まるで魔法をかけられたおとぎの国のよう。そして、まるで魔王があざ笑うかのように、重なるトラブル。服はぐっしょり泥まみれ。寒さに加え、最低限を下回っていた食料。予定していた外貨取扱いのアクシデントもあり、準備が限られたためだった。空腹と疲れに襲われながら、こんなことをする羽目になった自分自身をのろった。

 いまでは、ギアナ高地のツアーが組まれ、ヘリコプターでも行ける。安全で快適に大自然を謳歌できるだろう。その後、『ちょっとジャングルへ』という本を読んだら、「失われた世界」について書かれていた。ロライマ山に冬ただなかに登頂したという。その中で、人によっては物好きとしか思えない、苛酷な自然に挑む心理を、「この衝動は、いわゆる自堕落な人生が本当はどんなものなのかを見きわめたいという気持ちと何か関係があるのではないか」と何となく納得させられるような解釈をしていた。それにしても、あんな経験はもうごめんだ、そう思っていたのだけれど、しばらくすると、まんざらでもなくなっていることに気づいた。自然の霊に鞭打たれる喜びに目覚めたのか。ロスト・ワールドが、体の古い記憶にねむっていた何かをよみがえらせたかのように。

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