東ティモール断章 2012 〜 独立から10年

 紛争直後2000年、撮影取材をした東ティモール。それから12年後、東ティモールを再訪した。この年は、独立をめぐり紛争となったインドネシアから、独立を果してちょうど10年のときだった。

 首都ディリの早朝。まだ静かな街路を、駐在している国連軍の人たちが揃いの姿でジョギングしていた。この2012年末で、国連はミッションを終了、撤退する。

 街中の主要な道路では、行き交う車が増えていた。四駆の大型車が列をなしているかと思えば、ドアから人がはみ出して走っている乗り合いワゴン車も。小洒落た店や、できてまもないピカピカのショッピングモールも目についた。その一方で、ちょっと町を外れると、廃れたままの建物もあった。

 空港から市内へ向かう途中、大きな川を渡る。茶色の濁流がしぶきをあげ、流れが早い。大雨が降った後だったからだろう。「本当にこわいよ」と運転をしていた地元の人が言う。みると激しい勢いは橋桁に迫っていた。実際、2021年には、河川が氾濫し、土石流が発生。死者を含む多くの被災者が出ている。

 通りを歩いていると、大音量を響かせて、バイクが連なりやってきた。つづいて大勢が乗ったトラック。多くは若い人たちのよう。旗を翻し、なにやら盛んにアピールしている。何事かとびっくりすると、選挙のキャンペーン。しかも大統領選挙、それも決戦投票を控えているというのだった。熱気にあふれ、ちょっと楽しそうでもある。選挙に参加している、という感じ。その活気から、一人ひとりが社会を作るという意識があらわれているのかもしれない。そう思わされもする。少なくとも日本よりはずっと。

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 インドネシア国境が近いスアイ。ディリよりずっと暑く感じられる。亜熱帯の樹木が日差しを和らげる下で、女性たちが集い、伝統的な太鼓を叩いていた。

 

 かつて出会った子どもたちの消息を尋ねてもみた。すると、海外に学びに、または働きに国を出ている人たちもいた。「働き口がなく、仕事を探している」という声も。独立したものの、国の状況は、明るい兆しに満ちているとは言い難い。

 その一方、キューバへ奨学生として渡って医学を学び、帰国して医者として働き始めている女子もいた。そして、弟を紛争で無くし、兵隊になりたいと言っていた少年は、ミュージシャンの道に。「人の心を穏やかにする道を歩みたい」と。

 裸足でサッカーボールを蹴る子たちに、学校帰りの少年たち。レンズを向けると、対戦ポーズをするやんちゃぶり。独立10年の社会は、前途洋々とは言いがたくても、以前と変わらず、希望の灯火をかいま見た思いがした。

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