『アマゾンの呪術師』電子書籍で復刊によせて〜その4:元シャーマンの画家パブロ・アマリンゴの人生から

『アマゾンの呪術師』が電子本で復刊された。
 『アマゾンの呪術師』地湧社
  パブロ・アマリンゴ/語り 永武ひかる/構成・訳 
ペルーアマゾンの元シャーマンの画家パブロ・アマリンゴが語る、神秘に満ちた植物と精霊、呪術師の世界、脳と心とは、人生とは…

 元シャーマンが描く作品、そして、語られる世界のおもしろさは尽きることなかった。けれども、本人が自分の人生をふりかえって語ってくれた話も、さらなる驚きの連続だった。
 ひと昔ふた昔前のアマゾン奥地のくらし。貧しさのどん底にあって、不正に手を染め刑務所入りを余儀なくされたこと、無法地帯をかいくぐり生きのびたこと… それから、母親を悲しませることのないよう、真っ当に生きることを誓って愚直に働く。そして、精霊から選ばれて呪術師となり、多くの治療を手がける。けれども、戦の果てに呪術師を引退し画家へ。そして、文化人類学者らとの出会い…

 無法地帯を生きのびていたときのことなどは、おそらく、想像を超えるものだったにちがいない。私がパブロと出会った90年代初頭ですら、ペルー社会は混沌としていた。首都リマあたりでは無差別テロの爆弾事件が頻発、一般の人々も巻き込まれていた。宿の隣の家の人はたまたま買物に行った市場で、爆破に巻き込まれて亡くなった。日本の国際協力先の農業施設も破壊され、専門家襲撃事件も起きていた。私自身、アンデスの町からリマへ戻るとき、乗っていたバスにどこからとなく銃弾が貫通したこともあった。

「テログループからの勧誘を避けてアマゾンに出稼ぎに来た」アマゾンで出会ったある山岳出身のガイドがそう話していた。テロ活動の危険ゾーンは主に山岳地方だったが、その一派が、アマゾンのパブロの絵画学校にもやって来た。慎ましい暮らしと家庭に恵まれない子らの面倒も見ている状況を知り、去っていったというが。ほかにも知人の親戚筋の子どもの一人が奥地の村で殺されたとか、あぶない世界がすぐそこに感じられた。

 そんな出口が見えないような世に思える一方で、どういうわけか、アマゾンの人たちには明るさがあった。民家の軒下にラテンのリズム音が高らかに流れ、無邪気なのんきさに、ユーモアがあった。日々のちょっとしたことを楽しむおおらかさがあった。パブロ自身、どこか茶目っ気があって、ときに人をクスッとさせた。そして、貧しさの中でも、いろいろと心の支えや導きもあったのだろう。パブロのお母さんがまだ存命のとき、いくどかお会いしたことがあった。実直な人とお見受けした。パブロもお母さんを大切にしていた。誠実さ、慈しみの尊さ。それらをパブロは設立した絵画学校で話すだけでなく、子どもたちに自らの行動で示していた…… 次回につづく

*パブロ・アマリンゴの概略については こちら  

*追記:
『アマゾンの呪術師』電子書籍での復刊によせて 
 「その1:パブロ・アマリンゴとの出会い」はこちら
 「その2:パブロ・アマリンゴが語る呪術世界から」はこちら
 「その3:パブロ・アマリンゴの語りから」はこちら
 「その5:元シャーマンの画家パブロ・アマリンゴ、教育者としての顔」はこちら

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