絶版になっていた『アマゾンの呪術師』が電子本で復刊された。
『アマゾンの呪術師』地湧社
パブロ・アマリンゴ/語り 永武ひかる/構成・訳
ペルーアマゾンの元シャーマンの画家、パブロ・アマリンゴが語る、神秘に満ちた植物と精霊、呪術師の世界、その体験にメッセージ…
パブロ・アマリンゴが語った録音を起こして、翻訳、構成したのがこの本だった。出版されたのは1998年。それからおおよそ四半世紀が経った。
出版の翌年99年、パブロ・アマリンゴが来日。大阪の国立民族学博物館「越境する民族文化」展で彼の作品が長期間展示され、テレビ番組でも紹介、彼自身も講演を行った。同年、N H KのEテレがペルーアマゾンに彼を撮影取材。制されたドキュメンタリー「アマゾン、森の精霊にきく - 元シャーマンが描く神秘の世界」も放映された。
ふたたびペルーアマゾンにパブロを訪ねようと思っていたが、別の海外プロジェクトなどに追われ、そうこうするうちに、なんと10年が過ぎてしまう。そして2009年、パブロ危篤の突然の知らせを受けるも、パブロは早々に逝ってしまった…
もっと早く訪ねていれば… もっといろいろ聞きたかった… 年を経て気づくこともあり問いを重ねてみたかった…… 後悔は尽きない。それでも、パブロが語ってくれたこと、そのメッセージはいまも生きている。電子本で復刊してくれた出版社にも感謝である。
パブロと出会ったのは91年。そもそも、アンデスの呪術の里を撮影取材、そこからアマゾン密林の世界へと旅したことからだった。
当時ペルーでは、人口の6割くらいが、薬草などを使う民間療法にたよっていると言われていた。病院など現代医療が行き届かない奥地ではなおさらのこと。多くの人たちが呪術師(呪医)のもとを訪れていた。
呪術師たちは、薬草などを使って病気治療にあたるだけでなく、家族のもめ事の相談に乗るなど、カウンセラー的な役割も見受けられた。さらに 患者というか顧客の願いが叶うよう“まじない”も。それも商売繁盛から家内安全、恋愛成就の類まで。一般に呪術師はクランデロcuranderoと呼ばれていたが、治療師とか魔術師とか、薬草師にハーバリストなど、さまざまな訳語になる呼び方があった。外来語の“シャーマン”もすでに使われていた。
パブロと出会ったのは、アマゾンの呪術師を訪ね撮影取材する折に、その世界を描いている元呪術師ということで紹介されたことからだった。穏やかな笑顔の、人の良さそうなおじさんという印象だったが、作品の絵画と対面すると、衝撃が走った。強烈な色彩、激しくうねり跳ねる線、うごめく妖しげなものたちに神々しいものたち… それは“ワンダー”に満ちていた。
アマゾンの呪術師たちは、独自の修行を積み、秘薬を使って精霊世界と“交信”、患者の具合を“診察”し、薬草などを処方する。パブロの絵には、その目に見えない不思議な世界が描かれていた。密林の中で呪術師たちが患者たちに行う儀式、それを見守り助ける精霊たち、その力を表す波動のような模様、濃密な自然を感じさせる色使い…… そして、絵の部分、ひとつ一つに物語るものがあり、さらに引き込まれていった… (次回につづく)
*追記:
『アマゾンの呪術師』電子書籍での復刊によせて
その1につづいて
〜その2:パブロ・アマリンゴが語る呪術世界から
〜その3:パブロ・アマリンゴの語りから
〜その4:パブロ・アマリンゴの人生から
〜その5:元シャーマンの画家パブロ・アマリンゴ、教育者としての顔